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今回は、プロ野球界の漢として有名な村田修一選手について一部で噂されている横浜に復帰がきまったという声が聞かれたので真実を調べてみました。

昨日巨人から自由契約を受けたにも関わらずなかなか移転先が決まっていなくてファンの間ではやきもきしているようです。

今回はなぜ移籍先が決まらないのかについて予想を交えて書いていきたいと思います。

古巣横浜に復帰はどうやらデマらしい

まず、一部ネットで報道されている横浜に復帰というのは、デマな可能性が高いようです。

一目見て、村田修一の居住先が決まるのを願っていたファンの方々はとても喜んだかもしれません。

しかし球団からの正式な報告はなく、ネット上でもデマだったと広まってきているようです。正直とても残念な気持ちでした。

五年前に横浜をFAで去ってから賛否両論色々ありましたが、横浜に対する愛は確実だったと思います。ネットの報道が全て事実とは言えません。

しかし、横浜に復帰、いやどのチームに決まったとしてもまだまだ活躍はできるはずです。

移籍先が決まらない理由は三塁手は足りてるから

なぜ、移籍先が決まらないのでしょうか?

村田選手が移籍先が決まらない理由の大きな原因の1つにどこの球団も三塁手が豊作な事です。

あるチームではチームに欠かせないベテランが三塁手にポジションをうつし、あるチームでは、新人が力をつけてきて、さらに争いが増す中三塁を補強する必要がないチームばかりです。

パリーグのDHや、一塁手ならまだ可能性はあるかもしれません。

しかし評価の高い三塁守備を生かせる、それを求めているのかもしれません。

それが移籍先が決まらない大きな理由かもしれませんね。

自由契約を受けた村田選手の移籍先が決まらない理由として、各チームのポジションに当てはまらないということが理由の一つであると説明しました。
しかし、他にもあるのではと探していると、性格や素行も関係しているのではという噂も聞こえてきたため昔のエピソードなども交えながら、理由を考えていきたいと思います。

性格や素行に難あり?

漢、村田修一というイメージを持たれている方も多いと思います。

しかし横浜時代には様々なやんちゃっぷりを見せていたようです。笑

ネットで調べてみて出てきた横浜時代の性格としては

・一匹オオカミ

・謙虚さ、協調性がない

・ベンチに下げられるとやる気をなくす

・居眠りをすることも

横浜時代はミーティングも聞かずふざけていたり、ベンチに降ろされたら、そのままベンチにいるのではなく監督室にいき、テレビを見ていたなんてことも、、

しかし巨人軍に入団してからはどうでしょうか?

若手主体の自主トレに参加し、自らを鍛えにいったり、決して中心とは言えない状態でも、勝利を掴むために与えられたポジションで頑張っている、そんなふうに見受けられるような気がします。

自分が悩んでいる時期でも後輩をご飯に連れていき後輩の悩みを聞いたり、家庭ではイクメンとしての一面も見せる村田選手。

誰しも若い頃の性格や素行の悪さは多少出てしまうのはしょうがないですね。笑

しかし、移籍自体に性格や素行はそこまで大きな理由として妨げている原因にはなっていないのではないかと思います。

ベテランを取ることに踏み込めるチームが少ないのはしょうがないですよね。

金銭面や、先があまり長くないことを考えると若手を主体でチームを作り上げたいのはどこのチームも一緒だと思います。

しかしどこかしらのチームが役割を見つけ、いつの日か村田選手が必要だと思ってくれるのを信じて待っていたいですね。

果たして村田修一はどこの球団へ移籍するのでしょう目が離せないですね。

最後まで読んで頂いてありがとうございます。分かり次第又追記して見たいと思います。

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